2015年05月21日

心を整える工夫

仕事はずっと楽しくやって来た。
今の生活水準にはなんの不満もなく、
責任を果たして自分がスキルアップしたり収入が増えたり、
地位が上がり発言力が高まる事も嬉しかった。
土日もいつだって、仕事をしている時間が一番楽しい。
そう思っていた。
けれど身体は気付かないうちに悲鳴を上げていた。
不整脈に胃腸炎。腎臓や肝臓も良くない。
おまけにアルコール度数が高いお酒を飲まないと眠れない日々。
端から見れば明らかに異常な状態なのだが不思議と自分では気付け無い。
今が異常だという発想が無いまま、10年以上も仕事だけの生き方をしてきた。

けれど身体だけでなく、心も悲鳴を上げていた。

ある日突然、ブレーカーが「ガチン」と落ちたように
何もやる気がなくなった。
全ての業務や人間関係が嫌で嫌で嫌で嫌で仕方なくなって、
会社に言っても誰とも話したくなかった。
とは言っても責任がある立場なのでそうもいかず、
相変わらず毎日10件以上の会議をこなしてタクシーで帰る日々は続いた。
くたくたなのに、夜はますます眠れない。
寝る前のアルコール量が日に日に増えていった。

そうしたある日、夜に突然泣きたくなった。
訳もわからず泣きたくなって泣いてしまった。

そこでやっと、自分の心が疲れている事に気づいた。
自分でも呆れるくらい自分の心に鈍感だなぁと思ったが、
こーいう人ってたくさんいると思う。
私達は日々心を亡くして、文字通り忙しく生きている。

このままだと自分が壊れると思った。
それからはとにかく、仕事以外の時間を出来るだけ多く作るよう努力した。

読書
サイクリング
ツーリング
引っ越し
インテリア購入
長風呂
居合         などなどなど。

19時過ぎに帰宅できる日もぼちぼち出てきた。
とにかく帰りたくなる家を作り、
できるだけリラックスできる時間を努めて増やした。
寝る前に極力パソコンを開かないように我慢して、
心地よい音楽に香りにこだわった。
また自分にネガティブな感情を起こさせる相手との時間も
可能な限り減らした。

そうして数週間。
想像以上に早く効果が出てきた。

まず心が軽い。
自分の中にいつもさわやかな風が吹いている感覚。
囚われず、凝り固まらず、常に自然に流れていけるような有り様。
そしてなぜか寝起きがグッと良くなった。
朝から英会話のレッスンも始めている。
朝が好きにさえなってきた。

なんだか新しい生き方を見出している手応えがある。
日々の生活の工夫の積み重ねで、
こんなにも心の状態が変わるとは驚きだった。

私達はかつてない程に忙しく、そして流れが速く乱れた時代に
生きている。だからこそその流れに溺れぬよう、しっかりと自分を
コントロールできる航海術が必要だ。

そんな事を考えた初夏の木曜日。21時34分。
おやすみなさい。
posted by たかしまん at 21:35 | 東京 ☀ | Comment(0) | 生きるということ(Life) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月12日

島根県隠岐國・海士町

皆さん、島根県隠岐國・海士町(あまちょう)という町をご存知だろうか。
隠岐諸島の島前三島のひとつ・中ノ島に位置し、
面積33.5平方キロ、世帯数1,100世帯、人口2,451人、
島根県本土からはフェリーで3時間の、ほんの小さな町田。

しかし今、この海士町が非常に熱い。
平成の大合併が進む中であえて単独での町政を選択した結果、
島根県全体は人口減が進む一方、海士町は人口が微増しUターン・Iターン者が
増えているという。その背景には、従来に地方自治とはひと味違う様々な
取り組みがある。例えば「島留学」という島外から生徒を受け入れるプロジェクトを発足し、
国内に限らず、シンガポールなどからも学生を募っている。
「世界的な視野を持ち、地域社会で活躍出来るグローカル人材の育成」
を目指しているという。

また、「巡の環」という企業の存在も見逃せない。
京都大学→トヨタ自動車とエリートコースを歩んでいた阿部裕志さんが
設立した会社で、地域の魅力を最大限活かし、持続可能な地域づくりを
目指している会社だ。先日、その阿部さんとお会いする機会を得たので
品川のストリングスホテルにてカフェをご一緒したのだが、
阿部さんの”島には全てがある”という言葉が印象的だった。
企業向けには主に研修事業を展開されていて、「海士五感塾」
というカリキュラムで、気付く力・感性・人間力を高める
事が狙いだという。

−気付き力−
−感性−
−人間力−

全て可視化数値化する事が難しいものだが、
ビジネス、特にマネジメント者においては極めて必要な力だと思う。
例えば気付き力や感性。
事業環境の変化、社内の士気、組織のほころび等、数値分析では決して
出てこないが経営上は極めて重要な事象は、会社全体を見ている
経営層がどれだけ感じられるかに掛かっていると思う。
従業員は本当に重要な事ほど口にしない。
ただ内に秘めている思いや考えは必ず、何かしらの形で伝播していく。
それは感じるしか無いのだ。

人間には顕在意識と潜在意識があるという。
この考え方を提唱したのはオーストラリア人のフロイトだが、
一説によれば顕在意識は全体の10%、しかも我々が日々使っているのは3%に
過ぎない…という主張もある。
顕在意識は左脳的論理性、潜在意識は右脳的感性とリンクするならば、
人が内に秘めている思いや考えは感じるしか無いと思うのだ。

こういった感性を感受性と読み替える時、
四季折々の変化を感じられる自然との触れ合いがレセプターを開き、
また身体性を伴ったアクティビティがその感覚を肉体に定着させ、
浸透させるように思う。受けたことは無いが、「海士五感塾」とは
きっとそのような物を教えてくれるに違いない。

今度行ってみようと思う。

http://www.megurinowa.jp/
posted by たかしまん at 02:19 | 東京 ☁ | Comment(0) | 生きるということ(Life) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

高倉健さんと菅原文太さん

2014年の年末に差し掛かり、昭和の名優である高倉健氏と菅原文太氏が相次いでお亡くなりになりました。
無骨で一本気、寡黙だが情に厚い。そんな古き良き男を演じ続けた二人が同時期に旅立たれた事に、
時代の変わり目はもちろんの事、1つの男の在り方が終わってしまった寂しさを感じて止みません。

人は役割を終えた際に死へと向かうという。
例えば明治維新の英雄たちは、軒並み新時代の幕開けを見ないままその生涯を終えている。
吉田松陰、久坂玄瑞、高杉晋作、後藤象二郎、武市半平太、坂本龍馬。枚挙にいとまが無い。

昭和の男を演じ続けた男が2015年を迎える前に、
あたかも連れ添ったようにこの世を去っていった高倉さんと菅原さん。

女が強くなり男が弱くなったと叫ばれて久しいが、
むしろこの機会に現代に必要な男らしさを問い直したい。

続きはまた次回。

●高倉健さん
任俠(にんきょう)映画の「健さん」として一時代を築き、「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」「鉄道員(ぽっぽや)」などで寡黙で一本気な「日本の男」を演じ続けた俳優で、文化勲章受章者の高倉健(たかくら・けん、本名小田剛一〈おだ・ごういち〉)さんが11月10日、悪性リンパ腫のため、東京都内の病院で死去した。83歳だった。葬儀は近親者で営まれた。最後の主演作「あなたへ」(2012年)まで生涯に205本の映画に出演した。
●菅原文太さん
映画「仁義なき戦い」、「トラック野郎」などのシリーズで知られ、昭和の映画界の最盛期を支えた日本を代表する俳優の菅原文太さんが、11月28日、転移性肝がんによる肝不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。享年81歳。

二人はそろって1960年代に東映で任侠映画に出演するようになり、70年代に入ると高倉さんが「網走番外地シリーズ」で、菅原さんが「仁義なき戦いシリーズ」でと“ピカレスク・ヒーロー”として一大ブームを巻き起こした。数年にわたって、そのブームは続いた。そして任侠映画ブームが去った後は、それぞれ違う路線を進む。高倉さんが硬派のヒューマニスティックなキャラクターを形成して「幸福の黄色いハンカチ」「あなたへ」などの路線に行ったのに対して、菅原さんは「トラック野郎シリーズ」などコミカル路線へと進んでいます。ちなみに、二人の共演作品がコンパクトにまとまっていたので紹介します↓

http://shinbun-haitatsu.blog.so-net.ne.jp/2014-12-02-sugawara

2人の共演している映画は10本ほどと当時の映画製作本数を考えるとそれほど多くないのですね。
posted by たかしまん at 01:13 | 東京 ☀ | Comment(0) | 生きるということ(Life) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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